2023年のエルメート・パスコアルグループツアー以来の来日が4月に予定されているブラジルが誇る名ピアニスト、アンドレー・マルケス。キャリアとしては日本で二度目のソロピアノコンサートを行う。そんな彼に、幼少期の話や昨年9月に惜しまれつつこの世を去った巨匠エルメート・パスコアルについて、そして今回の来日公演についてインタビューを行った。

―幼少期の音楽やピアノとの出会いについて教えてください。また、どのようなジャンルの音楽を聴いたり、演奏したりしていましたか。
アンドレー・マルケス(以下A):私は生粋の音楽一家に生まれました。私の父はプロの音楽家(注:エリス・へジーナのグループでも活躍した、ギタリストで作・編曲家のナタン・マルケス)で、幼い頃から、音楽は私の日常生活の一部でした。家にはいつも楽器があり、リハーサルやレコーディングのために多くの音楽家たちが出入りしていました。
11歳でピアノを始めました。最初はおもちゃのピアノで、ほとんど遊び感覚で弾いていましたが、その後本格的に勉強を始めました。幼い頃からたくさんのブラジル音楽、特にインストゥルメンタルミュージックをよく聴いていましたが、ジャズやクラシックも聴いていました。
初期の頃、私に大きな影響を与えたミュージシャンは、エルメート・パスコアル、エギベルト・ジスモンチ、チック・コリア、ハービー・ハンコック、クレア・フィッシャー、そして多くのブラジルの作曲家たちです。私は常に様々な音楽スタイルを聴くことを楽しんでいました。こうした経験全てが、私の演奏スタイルや音楽に対する考え方の基礎を形成することにつながりました。
―あなたの父ナタン・マルケスは偉大なギタリストで作・編曲家です。幼い頃、父から音楽を教わったのですか。また、父の仕事を間近で見る機会はありましたか。
A:はい。父は私の音楽的成長に大きな影響を与えました。父はいつも家でよく演奏していたので、父の演奏を間近で見て自然と学ぶことができました。常に正式な指導を受けていたわけではありませんが、音楽と共に日々過ごす中で、学び続けていました。幸運なことに、リハーサルやレコーディング、コンサートなどに立ち会う機会があり、父とブラジルの偉大な音楽家たちとの共演を間近で見ることができました。父とエリス・へジーナとの活動についてもぼんやりと記憶に残っています。
幼い頃から音楽を生き方、そして芸術表現として捉えていた私にとって、父と過ごした時間は非常に重要でした。

―1994年に18歳であなたはエルメート・パスコアル(以下エルメート)のグループに加入しました。このことはあなたの人生にとってどのような変化をもたらしましたか。グループに加入する以前からエルメートの音楽には親しんでいたのですか。
A:18歳でエルメートのグループに加入したことは私の人生における大きな転機でした。それはまるで本物の音楽学校に入学したようなものでした。そこは、創造性、傾聴、そして音楽的な自由を重んじる非常に特別な学校でした。私はいつもそこが私にとって本当の意味での大学だったと話しています。
私はグループに加入する前からエルメートの音楽を知っていましたし、深く敬愛していました。私にとって彼はブラジル音楽、そして世界の音楽においても重要な存在であり続けています。
グループ加入後も、私はサンパウロで生活を続けましたが、リハーサル、レコーディング、ツアーのために常に旅をしていました。私たちはよくリオデジャネイロで集まり、そこからブラジル国内や世界中を旅しました。音楽に溢れた、非常に濃密な生活でした。

―あなたはエルメートと30年以上も共演されましたが、その年月はどのようなものでしたか。また、彼からどのようなことを学びましたか。印象に残っているエピソードを教えていただけますか。
A:30年以上に渡る非常に濃密で豊かな音楽的交流でした。エルメートからは、音楽だけでなく、感性、好奇心、そして創造的な自由について、数えきれないほど多くのことを学びました。彼から教わった最も大切なことは音楽がどこにでも存在するということです。自然の音、日常の物、あらゆる楽器、そして思いもよらない物まで、全てが音楽になり得ることを彼は常に示してくれました。
私がいつも感銘を受けているのは、彼が小さな音の発見にどれだけ心を奪われていたかということです。リハーサル中にごくシンプルなアイデアが浮かぶと、まるで子供が新しい発見をしたかのように、彼はそのアイデアに大喜びしていました。この尽きることのない好奇心は、私にとって大きな刺激となりました。
―(エルメート・パスコアルグループの)コンサートでは、エルメートが隣で微笑みながら見守る中、ピアノソロを演奏されることがよくありましたね。その時、どんな気持ちでしたか。
A:それはいつも特別な瞬間でした。エルメートが隣でじっと耳を傾けてくれていると思うと、ソロを演奏することは大きな責任であると同時に大きな喜びでもありました。
彼の視線と微笑みは多くの励ましと愛情を伝えてくれました。それは彼が「もっと前へ進みなさい。探求しなさい。そして創造しなさい。」と言っているかのようでした。
こうした瞬間は、私に想像力と感情を自由に表現する大きな機会を与えてくれました。
―エルメートはあらゆる楽器を演奏しました。ピアニストとしてのエルメートをどのように見ていましたか。
A:エルメートはまさに唯一無二の音楽家です。彼は多くの楽器を演奏しますが、ピアノにおいても強烈な個性を有しています。彼のピアノ演奏は、オーケストラの概念と深く結びついています。彼は楽器を非常に広い視野で捉え、リズム、ハーモニー、そして音色を実に自由に探求します。
彼にとってピアノは単なる和声楽器ではなく、実験をし、音の宇宙を創造するための空間なのです。
エルメートのピアノ演奏(ほかの楽器演奏と同様に)を聴いて私が最も感銘を受けるのは、彼の独創性と強烈な個性です。彼のピアノ演奏の録音を聴けば、すぐに彼だとわかります。

―あなたがエルメートから学んだことで、未来に伝えていきたいことは何ですか。
A:一番大切なのは創造的な自由と探求心だと思います。これはエルメートがいつも会話の中で語っていたことであり、"ムージカ ウニヴェルサウ"(注:巨匠エルメート・パスコアルが提唱した、ジャンルにとらわれない普遍的な音楽)という概念です。
エルメートは、音楽には過度に厳格な制約があってはならないということを常に示していました。最も大切なことは、耳を傾け、感じ、人生経験を音楽へと昇華させることです。この考えを、新しい世代の音楽家たちに伝え続けていきたいと思っています。つまり、実験に心を開き、世界に耳を傾けることで、音楽は無限の可能性を秘めているということです。
私はCEVIMU(ムージカ ウニヴェルサウの体験センター)という対面とオンラインの両方で活動するスペースを運営しています。このスペースでは、私がエルメートから学んだ概念を通して音楽を教える機会を得ています。
―Nave Mãeについて教えてください。

グループNave Mãeは、エルメートが天国に旅立った後、彼の音楽を称え演奏し続けるために生まれました。エルメート自身は、まるで音楽を様々な場所に運ぶ船のように、自身のグループを「母船」と呼んでいました。このプロジェクトは、彼と長年演奏を共にし、その音楽を継承し続ける音楽家たちを集めたものです。(注:メンバーは左からアンドレー・マルケス、イチベレー・ヅワルギ、アジュリナン・ヅワルギ、ファビオ・パスコアル、ジョアン・パウロ【ジョタ・ペー】)
彼の重要な作品を後世に伝え、多くの人々と分かち合うことを目的としています。
―あなたは、トリオ クルピーラ、ヴィンテーナ ブラジレイラを率いての活動のほか、ご自身のトリオ、セクステット、ソロなどさまざまなプロジェクトを手がけていますね。現在の活動と今後の計画についてお聞かせいただけますか。

A:私には、様々な音楽形態や音楽的可能性を探求するための多くのプロジェクトがあります。トリオ クルピーラ(注:メンバーは写真左からクレベール・アウメイダ、ファビオ・ゴウヴェア、アンドレー・マルケス)は25年以上の歴史があり、ブラジルのインストゥルメンタルミュージックを非常に独創的な方法で探求してきた、私のキャリアにおいて非常に重要なグループです。
ヴィンテーナ ブラジレイラは多くの音楽家の集うオーケストラで、より幅広いアレンジや作曲に取り組んでいます。その他にもトリオ、セクステット、ソロプロジェクトもあり、そこで様々な作曲や即興演奏のアイデアを探求しています。
2026年にはピアノソロアルバムやセクステットでの録音を予定しています。また、既に録音済みのアルバム「Entrelaços」のリリース準備もしています。このアルバムには、サンパウロ州(チアゴ・エスピリット・サント、ハファエウ・ベッキ、ステファーニ・ボルガーニ)、リオデジャネイロ(マルシオ・バイーア)、ペルナンブーコ(エンリケ・アウビーノ、カロウ・マシエウ)の音楽家が参加しています。
―今回の日本ツアーでは、コンサートやワークショップを予定されています。どのようなものになりそうですか。
A:ピアノソロコンサートでは、これから録音予定のアルバム収録曲も演奏予定です。私が過去に発表した2枚のピアノソロアルバム"Solo""Forró de Piano"からの楽曲やエルメートに捧げる曲も予定しています。
私はワークショップを開催するのも大好きです。なぜなら、音楽、創造性、即興演奏についてアイデアを共有することのできる機会であるからです。また、エルメート・パスコアルとの経験、ムージカ ウニヴェルサウの概念、ブラジルのリズム言語、聴き取り、リズム、即興演奏のスキルを磨く方法について少しお話することも考えています。
参加者の皆さんとすばらしい音楽交流のひとときを過ごせることを願っています。
―あなたはこれまでに何度も日本を訪れていますね。今回の訪問で一番楽しみにしていることは何ですか。
A:日本は私にとって大好きな国の一つです。日本に戻ってくるといつもとても幸せな気持ちになります。日本の聴衆は音楽に対する深い傾聴力と敬意を持っています。また、日本の文化、組織力、食文化、芸術的感性、細部へのこだわりなども大好きです。今回はもう少し長く滞在して日本をより深く知りたいと思っています。(今回は日本の文化に情熱を傾けている私の息子を連れて行きます。)
日本への訪問は、私にとって毎回とても特別で忘れられない経験です。

―日本のファンにメッセージをお願いします。
A:いつも温かい愛情と繊細な心で私たちの音楽を受け入れてくださる日本の皆さんに心から感謝申しあげます。音楽が海を越え、文化を越えて、人々の心に響くことを実感できることは私たち音楽家にとって本当にすばらしいことです。
日本に行く度に、まるで音楽で満たされた静寂のように、とても真摯にそして敬意をもって耳を傾けてくださるのを感じます。ステージに立つ者にとってそれは本当に特別なことです。
音楽を通してこれからも私たちの出会いが幾度となく続き、共に心に残る特別な瞬間を作り上げていけたらうれしいです。
本当にありがとうございます。心からの感謝を込めて。Arigato!!!